11年前はじめてつくった野菜とハーブ

初めてつくったわたしの畑

ここは…わたしが11年前、はじめて野菜やハーブを育てて畑のように使っていた、思い出の場所。

12年前のちょうど10月。

わたしは実家を離れて名古屋の転勤をきっかけにここに来て、ワンルームで暮らし始めました。

部屋の外は普通にベランダになっていて、その柵の先に、なぜか2,3坪の土が盛ってある場所がありました。1階だったのでちょっと歩くとその土の場所に行けたのです。

仕事をしながらバタバタと引っ越したので、生活がちょっと落ち着いたなと思うった頃には、年が明けていました。

そして春がきて

たまたま友人にハーブの苗をもらいました。

そしてそれに続いて、たまたま同僚の友人からオクラ、ラディッシュ、あと何かの種をもらいました。

とりあえずハーブは寄せ植えにしました。

野菜の種…どうしよう…。

母が花や木、植物を育てることが好きで、貸農園で畑をしていた頃もあったくらいの園芸好きだったのですが、それまでわたしは花は好きだったけど、野菜は育てたことなんてありませんでした。

種を見つめてどうしよう…と思った

大家さんに確認したら、この土の場所は好きに使っていいよということだったので、とりあえず土の上に麦の種を蒔くように、パーーっと、ばらまきしたのです。

今思えばなんて乱雑…。

そして、そんなことはすっかり忘れていた雨上がりのある日、外を眺めていると、土からたくさんの芽が出ている!

急いでその場所を見に行くと、間違いなくかわいい芽がいっせいに芽吹いていたのでした。

こりゃ大変!

どうする?

…ずっと昔に芋の苗を植えた記憶をたどりながら、草刈りカマ程度の小さなクワで(!)、無理やり畝をつくり、少し大きくなるのを待って、オクラの苗を移植しました。

ラディッシュと何かはそのまま放置しておいたら育ったので、サラダかなにかにしてさっと食べてしまいました。

肥料も草取りも、虫よけもなんにもしていないのに、オクラはぐんぐんぐんぐん大きくなって、やがてハイビスカスのような淡い黄色のきれいな花を咲かせたかと思ったら、空に向かってオクラが次々とならせていきました。

なんだか奇跡のように思えた出来事でした。

だんだん楽しくなってきて、昼休みは毎日家にとんで帰って仕事の合間に畑の世話をしていました。ジャガイモやピーマンなども育てていました。

あとその頃は、ハーブや花もたくさん育てていました。

当時は夜もしょっちゅう遊んでいましたが、真夜中でも帰宅すると必ず畑の様子を見て、しばらくなにをするわけでもなくそこに立っていました。

そんな生活を2,3年していました。

結婚を機にこの場所から離れて

そして、結婚、ほどなく妊娠してからわたしの人生が大きくかわりました。

気持ち悪いほどタフなわたしが、妊娠をきっかけにほとんど寝たきりで身動きとれなくなってしまったのです。

でも、どうしてもたくさん育てたくて3人を命からがら産んで、育児して、10年近くの年月が経ってしまいました。

…その間も、心の中で「ちょっとでも自由に動けるようになったら、きっと畑づくりをする!」と何度も思っていました。

思ってことが現実になる

そして、ついに昨年、たった10坪の粘土質の畑からまた、わたしの畑はじまりました。

万博駐車場の跡地で、重機で押しつぶされアスファルトを覆われていたので土は信じられないくらい固いけど、こういう自由に使っていい場所があるだけで本当に幸せでした。

今思えば不思議な偶然がつながって今こうしています。

大きな土地などないのにいろいろと植物を育ててみたいなという想いが心にずっとあって、場所もないのに種を買ってみたり、苗屋さんでジィ…と苗を見ていたり、心の中ではそんなことばかり思っていました。

そんなことに、なにか特別な想いを持ち続けていたように思います。

わたしは、美しい野菜が見たい。美しい日本の景色を見たい。そういうことが自分にもできる、この百姓仕事って、ホントになんていいんだろう。こんなおもしろいことってないなと思ってしまうのです。

重労働過ぎるしくだらないことかもしれないんだけど…!

上の写真は、株が2メートル近くくらいに広がったローズマリー。もう11年も生きているんだなぁと愛おしく思えます。

レモンバームや強烈に浸食するミントも植えていたけれど、それらは淘汰されていて、ローズマリーが圧勝したということです!

可憐な小さい花をつけますが、実はたくましくもあるローズマリーです。

この広がったローズマリー畑がわたしの原点でした。また時々立ち寄りたいな。

この記事を書いた人

3人の子どもと、夫と暮らす50代。地味だけど細々とつみあげてきたわたしの暮らしをつづります。

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